Memories Off 2nd

2次創作SS  飛世巴

Imitation's love


 

 いつもと変わらぬ同じ日常。
 劇団バスケットの稽古が終わった私は、最寄の藤川駅に向かって歩いていた。今回の劇は良い役がもらえた分、気合を入れて頑張ってやらなくちゃ。
 その分、いつもより疲労が激しいのだけど……これだけの役がもらえたんだから、文句は言わない事に決めてある。
 徒歩で藤川駅までやってきて、まず思ったこと。
 人が多い。とにかく、人が多い。
 今まで歩いてても、確かにいつもより人通りが目立っていた。

 よく考えてみると……今日は芦鹿島大花火大会の日……。
 そんなおめでたい日に稽古をしている自分が、少し悲しく思えてきて。
 うん! でもそれも全ては劇の為! 少しぐらい我慢しなくちゃ……ね。
 どうせ一人で行ったって、逆に悲しくなるだけだし……。
 本当は…一緒に行きたい人が……って、あー、やめやめ。そんなの考えても無駄無駄。

 とにかく、まずはシカ電に乗らないと…
 そう思っていると、駅内にアナウンスが流れた。

 『お客様にご連絡がございます。只今、当駅は大変混雑しております。』

 うん、いや、それは見ればわかるけどね?

 『ですので、列車内に収まらない可能性があります。』

 まぁ……シカ電って小さいからね…ありえない事も無いわね……。

 『その為、今すぐ乗車が出来る状態では無いので、後列のお客様には、少々お待ちいただけるよう、お願い申し上げます』

 ………はぁ!?
 何それ? 私稽古でこんなに疲れてるのよ!? それを花火見に来た人のせいで『待ってくれ』だなんて……。
 理不尽にもほどがあるわ!
 まったく、シカ電でこんなことが起こるのはそうそう無いのに……今年の夏は一体何なの? 厄年?

 『繰り返し申し上げます……』

 そんなアナウンスを聞きながら、私は一人、藤川駅で拳を震わせていた。

 

 ――三十分後。

 私は今、ある目的の為、桜峰駅へやってきた。
 その目的とは……。

 『私だけあんな目にあったのに、花火見てない。 ムカつく。 私も花火やってやる!』

 という単純なモノだった。
 その為に、コンビニで花火も買った。 そりゃ…ちょっと恥ずかしかったけど。
 だって、花火大会の日にコンビニで一人で花火買うなんて、何か恥ずかしいじゃない?
 はぁ……。
 冷静に考えてみて、これから一人で砂浜で花火なんて、かなり悲しいモノがある。
 少し気を落としながら、結局は砂浜に向かって歩き出した。

 

 

「……あれ? とと?」
「へ……? イナ!?」

 歩いて砂浜に向かう途中、私のよく知る男に出会ってしまった。
 彼の名は、伊波健。あだ名はイナ。私の親友である「白河ほたる」こと「ほわちゃん」の彼氏であり、私の……親友、である。
 私は、咄嗟に花火の入った袋を後ろへ隠した。こんなものを持ってるところを見つかって、理由を聞かれたりしたらたまらない。恥ずかしくて顔から火が出る、というものだ。

「ん…? 何、今後ろに何か隠さなかった?」
「な、何言ってるの? そんなワケ無いじゃない!」

 自分でも慌てているのがよくわかる。
 演劇だったらこんな風にはならないのに……イナの前だと、ついつい感情が表に出てしまう。
 それは……イナが『親友』だから。

「ふぅん……? で、何隠してるの?」
「何も隠してなんかいないわよ!

 そう言って、一歩私に近づいてくるイナ。思わずこっちも一歩後ろにあとずさる。
 多分…いや、絶対にイナは気づいてる……私が何か隠してる、っていう事。
 悟られてたまるものか。弱みを見せたら私の負け、イナは確実にそこにつけこんでくるに決まってるわっ……!
 そんなことになったら一環の終わり。軽く一週間は何かおごれとか言ってきそうなものである。

「……なぁ、とと」
「な、何?」
「隠し事なんて水臭いじゃないか。僕達は親友だろ?」

 ぐっ……こういうトコ、イナはずるい。
 私が親友って言ったのを、上手く使ってくる。本当、いい奴なんだか、あくどい奴なんだか、わからない男だ。

「か、隠し事なんてないって言ってるでしょ!」

 強めの口調でそう言うと、後ろ向きに再び一歩下がる。このままさらりとかわして……!

「あ、とと!」
「……?」

 急にイナが私を強く呼んだのを、少し疑問に思ったけど、その理由はすぐに明かされた。

 

 ――ッゴツン!

 

「い…いったぁぁぁぁ!!??」
「だ、大丈夫!? とと!」

 ……電柱だった。
 後ろ向きに歩いていたせいで、見事頭に命中。確実に巨大なたんこぶが出来ているだろう……うぅ、本当についてない。厄年なのかな……。

「うぅ〜……で、電柱のくせにぃ……」
「あー…スゴイたんこぶになってるよ…」

 私が頭を抑えてうずくまっていると、イナが近くに寄ってきて、ぶつけた所を見てくれる。
 イナの私の頭を撫でる手は、とても優しくて……安心する。
 ……こういう所に、ほわちゃんは惹かれたんだろうなぁ、と思う。今なら、それが凄く良くわかる。嫌というほどに。

「もぉ〜…もっと早く言ってよね…イナの馬鹿ぁ〜…」

 未だに頭を抑えながら、少し涙目になった顔で訴えと、それを見て、イナはいきなり笑い出した。
 人の顔を見て笑うなんて……失礼にも程があるわ!

「な、何がおかしいのよ……」
「いや、今のとと、凄い可愛かったから…」

 ………この男はぁ〜…

「そうやって……すぐ口説こうとするんだから…」
「いや、口説こうとしたワケじゃないって。素直にそう思ったんだよ」

 苦笑を浮かべながら、イナは答える。
 まぁ……当の本人がそう言ってるんだから、信じてあげるけど……。って、そうじゃなくて!
 それ以前にそういうことをさらっと言ってしまうところに問題がある、ということに、この男はまだ気づかないというのかしら。

「…で? 何を隠してたのさ?」

 私がうずくまっている先に、さっきまで隠していた袋が落ちている。
 落ちた衝撃で、袋の中身、つまり買った花火が見えてしまっていた。

「花火…? 何で花火を隠してたの?」
「理由話したら…絶対笑うから、嫌」

 少しふくれた顔をして、私は言う。
 こんな理由……絶対に話せない。知られたら、恥ずかしいどころじゃないもの。

「笑わないって」
「………約束する?」

 そう言って、小指を差し出す。
 イナは自分の指をそれに絡めて、笑顔で言った。

「もちろん、約束しますとも」
「笑ったらアイスおごりね」
「わかった。すぐに買ってくる」
「もう…笑う気なんじゃない!」
「あはははっ!ジョークだってば。それで?」

 うぅ……しょうがない。約束しちゃったし、話すしかないか。
 そして私は、渋々『花火を持っている理由』をイナに話した。
 それを聞いたイナは、特に笑いもせず、平然と「別に、変かな?」と言う。こういう所も、彼の優しさの一つなんじゃないかな、と思う。
 話しているうちに、何故かイナも一緒に花火をする事になった。結果オーライ、なのかな……。
 明日の朝食が無い、とかいう事で、近くのコンビニに寄ってから、私達は砂浜へ向かった。

 

 最初の花火に火をつける。
 シューッ!という音と共に、赤、黄、青など、様々な色に変化する花が咲く。
 涼しげな夏の夜。最高の花火日和だ。(日和?)
 陸から海に吹く風が、歩き回って少し火照っていた肌に、心地良い。

「う〜ん…やっぱり夏は花火だよね…」
「そうねぇ……何ていうか、風流…風情がある、っていうか」

 ………彼と一緒にいるこの時間。
 何よりも大切で、何よりも楽しい。
 こんなちゃっちい花火でも、イナと一緒にやっていると、悪くないように思える。

「悪くないでしょ?こうやって手に持って振り回しながらやる花火も」

 そう言うと、イナは少し黙り込んでから、

「……うん。悪くない」

 ……イナも、私と同じ気持ちなら。
 そう思うけど、そんな期待は無駄だとわかってる。
 たとえ、同じ気持ちだとしても。
 その気持ちが繋がる事は、決して無い。
 私が、それを拒んだのだから。

「これでととが浴衣でも着ていたら、もっと風情があるんだけどね」
「おあいにくさま。私がそれを見せる相手は、イナじゃないよ」
「……ほたるに頼め、って?」
「先に言われちゃったね」

 自分で言って、心が痛んだ。
 私がそれを見せる相手は………イナでありたかった。
 ほわちゃんが…羨ましいな。

 そんな事を言いながら、私達は砂浜にしゃがみ込み、花火を楽しんでいる。
 火が消えて、新しい花火に火をつける。
 同じ事の繰り返しだけれど、たったそれだけのことが、凄く楽しく感じている自分がいて。
 それは、炎の色の変化のせいか………彼のおかげか。

 私達は、花火を楽しみながら、いつもの様に世間話をしたりする。
 ルサックでの事、ほわちゃんの事……。

「去年もね、ほわちゃんと二人で、ここで花火してたんだ」
「ふぅーん……何で?」
「今年と同じ理由。花火には行きたかったけど、カップルばっかりでムカつくしねー、って」

 あの頃はまだ、ほわちゃんに彼氏もいなかったし、もちろん私にだっていなかった。
 あぁ……切ない青春時代って感じ。

「だからね、二人で決めたの。『来年こそは彼氏作って、二人で見に行くぞー!』ってね」
「へぇ……でも、ほたるって花火苦手って言ってたけど……」
「あー、そういえば、「苦手だけどやってみる」って言ってたかも」
「うぅ……僕と一緒のときは怖くて出来ない、って言ってたのに……」

 少し落胆の表情を見せて、イナが大げさにうなだれる。

「何か、悔しい」
「あははっ。私のほうが一歩上だね」

 そう言って、私が笑うと、彼も笑い出した。

 

 

「それにしても……一年たって、ほわちゃんは公約達成へ一歩前進。私は……」

 ちらりと、見てしまう。
 私自身が自覚出来ないほど、自然に彼の方へと顔が動いてしまった。

「ギリギリで間に合ったと…思ったんだけどな…」
「とと……」

 彼が私に声を掛ける。
 私はその声に反応せず、言葉を続けた。

「来年の夏は、いいことあるといいなぁ…」

 重い静寂がこの場を支配した。
 彼に背を向け、海のほうを向いて佇む。
 ……その静寂を破ったのは、彼だった。

「今年の夏は、いいことなかった?」
「……え?」

 振り向くと、彼は悲しい顔をして、私を見ている。
 お願いだから、そんな目で私を見ないでほしい。その目は、私を惑わせるから。私の仮面を壊していくから。

「そんな事ないよ…誕生日とか、凄く楽しかった」

 今からちょうど一週間前、私の誕生日に、彼とほわちゃんと三人で過ごした時間。

「あの時は…楽しかった。ずっと…絶対に忘れないと思う…」
「あぁ…あれは楽しかったなぁ…」
「……イナには、感謝してる。たくさん、抱えきれないほどの…素敵な想い出を貰ったから…」

 これは、本当。
 彼と過ごした時間。ちょっとだけだけど、彼に素直に恋した時間。
 そして……イナとの、最初で……最後の、キス。
 こんなに楽しくて、幸せで……辛かったことは、これまで、無い。

「過去形で語るなよ……」
「……あっ…」

 彼は俯き、拳を震わせながら、言った。
 憤っているのか……悲しんでいるのか。
 それは、私には……わからなかった。
 想像はついたけど、そうは思いたくなかった。

「まだ、終わってないだろ…?」

 終わっていない……果たして、本当にそうなのか。
 私は自分で、彼を拒み、親友として付き合っている。それは……ほわちゃんへの罪悪感。
 だけど…自分の気持ちは……決着が、ついていない…
 彼を諦める。それが、ほわちゃんへのせめてもの償い。
 でも、私は、本当に諦めているの…?

「とと……」

 彼が私の名を呼ぶ。
 そう……彼は、私を諦めていない。それはわかる。
 今まで、親友として接していても、何度もそういう場面はあった。
 私はそれを…常に拒み、彼と『恋人』になるのを、恐れている。

 彼と目が合う。
 多分、今、私は泣きそうなんだと思う。
 自分の気持ちが抑えられず……今にも溢れ出してしまいそう。
 今、泣いてしまったら……仮面が壊れる。
 『イナに恋していない』という、仮面が。

「ねぇ……」

 イナがそう言った瞬間。携帯の着信音が鳴り響いた。
 私のではない。それ以前に、私は携帯を持ってないから。

「え……?」
「電話……?」
「うん、そうみたい。ちょっと待ってね…」

 イナは携帯を持って、砂浜から遊歩道へ繋がる階段を上がって行った。
 相手は恐らく……ほわちゃんだろう。
 イナの対応の仕方を見ればわかる。明らかに動揺しているのが遠くからでも見て取れる。

 私は仕方なく、残りの花火に火をつけながら、しゃがみ込む。
 花火は、色とりどりの炎を夜の砂浜に照らす。
 少し時間が経って、一つ花火が消える。また、時間が経って、花火が消える。
 まるで「今しか無い」と思って、必死で力を出し続けているようで……
 夏にしか愛されない花火。期間限定の遊び。
 今は人々に好まれているけれど……。
 この夏が過ぎれば、人は花火に見向きもしなくなる。まるで、花火など元から無かったかのように。

 私の気持ちは……この花火と同じ?
 この夏の間だけ…イナに恋をして……。
 夏が過ぎたら、前の私に戻って、学校へ行って……。
 そう。まるで、何事も無かったかのように。イナに恋をしたなんて事が、無かったかのように。

 それで……良いのかもしれない。
 きっとそうすれば、イナもほわちゃんと仲良く出来る。
 ほわちゃんだって、いつも通り幸せに生きていける。
 私も………きっと。
 だから今は、堪えていこう。我慢しよう。
 きっと夏が終われば、この恋も忘れて、この辛さも無くなるから。

 イナを好きな私は、期間限定でしかない。
 そう思って行こう。
 そう思っていかなきゃ……私は……。

「……ごめん」

 イナが戻ってきた。
 私は立ち上がって、いつの間にか全て燃え尽きてしまった花火を見ながら、

「ほわちゃんから?」
「うん……」
「道理で。遅いわけだ。もう花火全部終わっちゃったよ」
「……ごめん」

 私を気にしてくれていることがわかる。
 そんな彼を見て、やっぱり、イナを好きな私がいるのが嫌というほどわかる。
 それも……今だけ。

「さ、遅くなっちゃったね。帰ろう」
「送るよ」
「いいよ。少し考え事したいし…心配しなくても大丈夫だから」

 そうやってまた、気を使ってくれる。
 その優しさが……私には辛い。
 でも……嬉しい。

「それぐらいの心配はしても、いいだろ?」
「うん……じゃあ、駅までお願い」
「わかった……」

 彼は黙ったまま、歩き出す。
 きっと、ほわちゃんの事で、私を気にしているんだと思う。
 それは嬉しいけど、ダメ。
 イナはほわちゃんの彼氏。そのことで私に気をかける必要は無いのだから。
 心の奥ではそう思っているけど……。
 やっぱり、嬉しく感じる自分が…最低…だなぁ、と改めて思った。

 

 シカ電の中で、静かに眼を閉じる。
 瞼の裏に映る、ほわちゃんと、イナの笑顔。
 そして、あの誕生日の時の情景。

 

 私は、あのような時間を失いたくない。
 だから、護る。
 イナと、彼女の笑顔を。

 例えそれが……自分を偽る事になったとしても――
                                

 

  End  

 


あとがき。

どうもこんにちわ。JUNです。
すいません。これ、元を作ったのは2年前だったりします。
ちょちょいっと手直しを加えてアップしてみました。
これはとても自分で気に入ってる作品なので、いつか必ずどこかで公開しようと思ってまして。
今回このサイトを立ち上げたことで、やっと陽の目を見ることが出来た作品です。
この作品は「Memories Off 2nd」本編の某シーンを元に、巴視点で作り上げたSSでして。
なかなか普通のSSとは違った面白みもあるんじゃないか、などと勝手に思っております。
感想等いただけるようでしたら、Web拍手、または気軽にメールを送ってくれると嬉しいです。
それでは、また。


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